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【カンファレンスレポート】「クリエイティブと社会規範の間で ~メタバース時代の表現の自由とサービス運用の形とは?~」(2024年1月30日開催)


オンラインカンファレンス開催の経緯

  昨今のVR/メタバース上では、あらゆる表現が従来のインターネットサービスよりも多様かつ複雑なものとなっています。
 加えて、海外の利用者も多いことから、空間内での行為はグローバルなコンテンツとなりやすく、成人向け表現に係る国際基準と日本国内の基準に差異があることからも、表現の自由と社会規範の間でのバランスをとるために、サービス提供者だけでなくクリエイターも苦心している状況です。

 HIKKYが主催するメタバースイベント「バーチャルマーケット(以下、Vket)」も通算11回目を迎え、ますます規模が拡大してきたと同時に、多岐に渡るようになったUGC(一般ユーザーによって創作されたコンテンツ)についても多様な受け止め方をされる機会が増えてきました。そういった声とも向き合う一方で、制約を設けるばかりでは自由な表現やアイディアといったものまで制限してしまう、といった課題もあります。

 当社は、多様な有識者と知見を交換し議論する場を定期的に設けることで、クリエイターの自由な表現とユーザーの心理的安全性を両立し、「社会規範と表現の自由」について理解を深めていくきっかけとするため、本カンファレンスの開催に至りましたのでご報告いたします。
 2024年1月30日、オンラインにて、サービス運用者、クリエイター、弁護士といった計7名のパネリストが、1時間の意見交換を行いました。

パネリスト紹介

舟越 靖
VR法人HIKKY CEO

大手通信会社退職後、⾃⾝の夢だったクリエイティブ分野へ進出。 数多くのクリエイターを組織化し、ハードウェアからゲーム・アニメ・映画など様々なコンテンツ制作・開発を手掛ける会社を複数社立ち上げた。
2018年、その中でもVR事業に特化した「株式会社HIKKY」を設立し、世界中から100万人以上が来場しギネス世界記録™を樹立した世界最大のメタバースイベント「バーチャルマーケット」を主催。
イベント企画運用の他、WEBブラウザ上で動くHIKKY独自のメタバースエンジン「Vket Cloud」を開発・提供し、新時代におけるメタバースソリューションの提供、メタバース参入コンサルティングを実施している。
https://www.hikky.co.jp/

山口 征浩
株式会社STYLY 代表取締役CEO/
滋慶学園COMグループ名誉教育顧問

20代後半に上場企業の経営を経験し、30代前半はMITでエンジニアリングを学ぶ。2014年「全人類の超能力の解放」を目的にSTYLYを立ち上げ、VR元年と言われた2016年5月に法人化。経営全般を担う。2017年XRクリエイティブプラットフォームSTYLYのサービスを開始し、2018年3次元空間の“超体験“をデザインする実験プロジェクトNEWVIEWプロジェクト始動。2021年末リアルメタバース構想を発表。空間を身にまとう時代の創造をめざす。
https://styly.inc/ja/

松井 健太郎
株式会社インフィニットループ代表取締役会長

1977年生まれ。北海道出身。フリーのエンジニアとして活動後、2007年に株式会社インフィニットループを設立しゲーム開発などを手がける。2019年には株式会社ドワンゴとの合弁会社である株式会社バーチャルキャストを設立し代表取締役社長に就任(2023年に退任)、VRプラットフォームの立ち上げと運営を行う。現職はインフィニットループ代表取締役会長、新規事業を担当し、新しいVRプロダクトを開発している。
https://infiniteloop.co.jp

石井 洋平
株式会社バーチャルキャスト 取締役COO/
一般社団法人VRMコンソーシアム 代表理事

2004年(株)ドワンゴ入社。ニコニコ動画の前身となる双方向性配信サービス「パケットラジオ」立ち上げ後、ニコニコチャンネル営業部長、モバイル事業本部長を歴任し、2018年(株)バーチャルキャスト COOに就任。
2019年4月、3Dアバター向けファイルフォーマット「VRM」の策定・普及を推進する団体「一般社団法人VRMコンソーシアム」を設立、代表理事を務める。
https://virtualcast.jp/
https://vrm-consortium.org/

コクリコ/Coquelicotz
ワールドクリエイター

主にVRChatでのワールド作成を行い、日本風モチーフのワールドやバーチャルマーケットの会場なども作成。3Dアセットの販売や、ワールドクリエイター同士の情報交換や交流を目的としたワールド製作者交流会なども主催している。
https://twitter.com/Coquelicots_WoT

上沼 紫野
弁護士:虎ノ門南法律事務所

虎ノ門南法律事務所。東京大学法学部卒。弁護士、ニューヨーク州弁護士。米国Perkins Coie法律事務所、FTCでインターンの後、知的財産、IT関連、国際契約等の業務を主に行う。安心ネットづくり促進協議会理事、経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」策定WGメンバー、子ども家庭庁青少年インターネット環境の整備等に関する検討会委員、情報セキュリティ大学院大学客員教授等を務める。主著:『インターネット上における青少年の保護』(「知的財産・コンピュータと法」所収、商事法務、平成28年)、『著作権法実戦問題』(共著・日本加除出版、平成27年)、『AIビジネスの法律実務』(共著・日本加除、平成29年)
https://www.s-tora.com/index.php?m=attorney&a=detail&id=18

喜田 龍一
VR法人HIKKY COO(ファシリテーター)

京都大学理学部大学院卒。大学時代の専門は量子化学・統計力学。
イラストレーター“黒銀”としても様々なアニメ、ゲームタイトルにキャラクター・メカニックデザインなどで関わる。2018年から株式会社HIKKYにジョイン。
クリエイティブセンスとロジカルシンキングを両立し、COOとして事業、サービスなどを統括する。
https://www.hikky.co.jp/

カンファレンスレポート

メタバースにおける表現と特殊性

 既存のイラストレーション、ゲーム、同人誌カルチャー等においても、成人向け表現についての解釈の違い・議論はこれまでに多々ありました。VR/メタバース上の表現となったことで、判断はさらに難しくなったのでしょうか。
 まずは、各々のパネリストが経験した事例について話しました。
 例えば、3Dのアバターにとって、下着を含む衣服の着用はゲームやバーチャル空間において一般的に普及している文化ではありますが、第三者によって故意に、或いは意図せず下着を見られてしまう行為はハラスメントに当たるのか否か。こうした事案への対策や制限の線引きについて議論が行われました。

 バーチャルキャストを設立し、運営を担っていた松井氏からは、誰でもアバターを制作しアップロードできるUGCのプラットフォームである以上、身近に起こり得る問題であるとした上で、VR/メタバースが一般化したことで、表現に係る課題が顕在化してきたという時代の潮流もあると感じる、という意見がありました。加えて、細かいレーティングや憲章を明示している「Second Life(セカンドライフ)」を参考にしては、とコメントしました。

 同じく石井氏も、企業等の公式のIPを扱う場合の表現には特に配慮が必要な場合が多く、音楽ライブを実施する際などには(IPの下着が見えないよう)ステージの高さや角度などを加味した設計や、時には追加の衣装といった対応が必要となると感じていると述べました。
 また、実演者が実際にアバターを操作している場合と、商品として展示されている場合、或いはメタバース空間で互いにコミュニケーションをとる場合によって対応は異なるのではといった提起もありました。

バーチャルキャストのサービス画像

 続いて、論点はアバターの表現だけに留まらないと山口氏。実空間をベースにした場合はさらに利害関係者が増え、社会規範と表現の自由の前提条件が大きく変わるといった事象をここ数年間で感じているとのこと。
 実空間へコンテンツを表示する場合、実際の建物や風景の外観が変わらざるを得ない側面があります。だからといって、テナントや商業施設と制約を設けすぎてしまうと、クリエイターの表現を阻害してしまいます。そこで、施設の意向を汲む形で協業しながら「共に盛り上げる」という方針へ舵を切ることにしたそうです。結果、クリエイターの表現の自由を守りながらも、クライアントから好意的に受け止められることに成功しました。

クリエイター発掘・育成プロジェクト「NEWVIEW」の様子(STYLY)

 クリエイターであるコクリコ氏からは、制作物の利用規約はクリエイターが制御できるが、実際の利用者ではなく第三者によって(盗撮等)意図しない行為に巻き込まれてしまうといった、クリエイターの手の届かない被害も発生し得るという意見がありました。
 自身の作品が想像も及ばぬ表現に加担してしまうことはVR/メタバースで発生しやすい事象で、現状では防ぎ切れない部分ではあるものの、クリエイターは果たしてどこまで覚悟を持って創作にあたるべきかは試行錯誤していると話しました。

バーチャルマーケット4の「World End:Utopia」(コクリコ氏制作)

法的、社会的観点での成人向け表現に関する一般的議論

 続いて、前述の事例に対して法的・社会的な観点から、どういった一般的な議論があるか上沼弁護士が解説しました。

 表現として許される範囲は、社会潮流とともに変わってきていますが、いわゆる「わいせつ」表現が規制の対象となる主な要因は、「善良な性風俗の維持」であるとのこと。そのため、公共がアクセスできる場であれば必ず規制の対象になってしまい、インターネットも例外ではないそうです。メタバースの場合は、挙動が現実のものに近いという点から、さらに何らかの制限が追加されるのかどうかが問題となります。
 メタバース空間での行為に対し、どのような規制が適用されるかは、新しい議論ではなく、オンライン空間でリアルタイムにユーザーがインタラクションできるようになった頃から議論されてはいましたが、メタバースの隆盛に伴い改めて焦点を当てられているというところでしょうか、と上沼弁護士は話します。
 
 ポイントは、現実世界の刑法をそのままバーチャル空間に適用することはできない、ということ。例えば、性的犯罪の保護法益(法によって守られるべき利益)は性的自由ですが、これは身体にかかるものを前提としています。バーチャル空間には実際の身体はありませんので、刑法犯にはなりません。しかし、民事的な救済手段として、被害の対象となった方の人格が侵害された場合には、損害賠償等を請求することが可能ですので、人格が侵害されたか否かを検討することになります。ただ、アバターに人格的保護があるかどうかはまだ微妙な問題です。最近ようやく、Vtuberには保護が発生するという判決が認められましたが、バーチャル空間のアバターへ人格的保護が生じるかどうかは今後の社会潮流にもよるだろう、と述べます。

 上沼弁護士は、特定のプラットフォーム上で特定の行為を許可するか否かは運営側の「規約」にかかるところが大きいと述べます。ただ規約は、その空間内のユーザーと運営側の間の約束であるため、ユーザーと運営者、その空間に参加しているユーザー間では有効ですが、その外の方々を縛ることはできません。この場合は、当事者同士の約束としての「規約」ではなく、約束をしていない人同士の場合や約束がない部分に適用される不法行為が問題となります。人格の侵害も不法行為です。不法行為の成否のメルクマールは、「社会的限度=社会的に我慢する限度を越えたかどうか」ですので、その限度や範囲を明確に予想することが難しいのが現状の課題ではないかと話しました。

 さらに話題は、海外と日本の文化の違いについても及びました。
 VR/メタバースは国籍を問わない場なので海外からも多くのユーザーがやって来ますが、地域によっては生配信をしながら利用するのが一般的であるなど、日本国内の常識と異なることも多いので、丁寧なコミュニケーションが必要だと思う、という意見があがりました。
 規則がなくとも気遣いの文化からマナーを守るといった国民性もあれば、ルールに明記されていなければ問題ないという考え方も存在します。同様に、性的・暴力的表現についての基準も各国で異なるので、向き合い方も複雑にならざるを得ません。ただ、多文化・多様性の尊重を鑑みると、特有の基準だけを採用することも不健全だと言えるでしょう。上沼弁護士は、各国の宗教的・文化的な違いを正しく学び配慮しながらも、できるだけ各地域に応じた表現の選択肢を打ち出していくことが重要なのではないかと述べました。

特有のコンテンツに対するサービス運用の難しさと、企業としてのリスク

 次に、サービス運用者はどのような対応をしていくべきかという議論が行われました。社会的・法的規範だけでなく、上場にも影響するベンチャー企業としての観点からも、様々な意見があがりました。
 
 山口氏は、スタートアップやベンチャー企業の主要な役割は「まだ存在しない世界を創造すること」だと述べ、現存する法律や文化は尊重すべきだが、どのような社会や文化を築きたいかについて深く考える必要があると強調しました。文化はユーザーやクリエイターによって訴求するものであり、サービス運用者は短期的な利益ではなく、何百年もの文化を築く視点で取り組むべき責任があると話しました。

 松井氏は、社会に対する影響力が大きいことを自覚し配慮しながら運用しているが、基本的には面白い・自由なものを作りたいし、せっかくVR/メタバースという新しい空間を作っているのだから、既存の法律にがんじがらめにはなりたくないという思いもある。運用上発生する様々なトラブルと折り合いをつけていく必要があり、難しさを感じていると語りました。

 石井氏は、VRMコンソーシアムで3Dアバターフォーマット「VRM」の普及活動を通じて感じている、アバターが持つ文化の違いから論を展開。例えば欧米圏では「アバター=現実の自分の分身」という考え方が強いが、日本では「アバター=現実の自分とは別の自分」と考える方がも多いようで、「バ美肉」といった従来の性別とは全く異なる概念や、キャラクターを「演じる」といった、日本のゲームやアニメ文化を背景としたキャラクター性のある文化が定着しています。こういった日本のコンテンツを文化やサービスが多様な場所へも流通させることを前提に、海外の大手プラットフォーマーが単一文化的な視点でコンテンツを規制しないように、アバターが持つ文化的側面の訴求や海外でのコミュニケーションを意識的に実践しているそうです。
 成人向け表現を含むアバターの制作については、VRMではクリエイターがどういった利用規約を提示するかのを設定できるようなフォーマット等は用意したいが、内容自体にはアバターフォーマット側が細かくレーティングし干渉すべきではないと考えているとのことでした。

HIKKYが主催する「バーチャルマーケット」「バーチャルマーケットリアル」

 HIKKY・舟越も、サービスの提供やイベントを主催する上での方針を語りました。
 法律違反はもちろんNGとした上で、「人を不快にさせることはなるべくしないようにしよう」というスタンスで取り組んでいきたい。Vketは色々な人の色々な表現が許されている世界であるべきで、クリエイター自身の特性や発想、機転を自由に打ち出していける場となることを大切にしたいと考えていると話しました。
 誰かを不快にさせる表現は避けていただく必要がありますが、抑制しすぎると何もできないといった不自由な状況になってしまうので、ユーザーの方々へは、それらをできるだけ理解していただけたらうれしいし、クリエイターがやりたいことはできる限り支えたいという姿勢で、日々葛藤していると述べます。

 サービス運用者はいずれも、インターネットやSNSの普及に伴い個人の発言や思想が公の場で力を持ちやすいため軽視すべきではないと考慮していました。

クリエイターも、社会規範と表現の自由のバランスを考えて創作すべきか?

 では、クリエイターのあり方としてはどうでしょう。
 社会規範の中でクリエイティブを発揮すべきか、ギリギリの境界に挑むのが良いか、コクリコ氏が意見を述べました。

 コクリコ氏としては、本質的には自由に創作したいので、あらゆることに対して足枷があってほしくないというのが本音ではあるとのこと。
 ただ、他人からの悪意を集団で受けた場合に自衛できるという意味で、ある程度の制限は甘受すべきではないかという考えもあるそうです。また、全てがクリエイター自身の裁量に委ねられ、ある種自己責任とされてしまうことへの怖さも感じていると語りました。

 これを受けて、イラストレーターでもある喜田も、クリエイターの視点からコメント。成人向け雑誌でクリエイターがギリギリの境界を攻めすぎた結果、法的な介入が行われた経緯を踏まえ、グレーゾーンが白と黒にはっきりと区別されてしまう状況もクリエイターにとって不利益であり、そこの見極めが必要ではないかと話しました。

 クリエイターによって規制に対する感じ方は異なるが、彼らを守るための規制も存在し、規制の範囲内で創作することにより安心感を持つ方もいるかもしれないという点についても理解を深め、サービス運用者側は「なぜこのような規制を設けたのか」といった意図や背景をクリエイターへしっかりと伝えていくことが重要であるという共通認識を持ちました。

おわりに

 今回、このような意見交換の機会において、サービス運用者、クリエイター、弁護士といった様々な観点から多様な知見・意見交換が行われたことで、当社としてもさらに視野を広げることができました。
「クリエイティブと社会規範」に関しては、さらに多角的に踏み込んだ議論をしていきたく、今後もこういった機会を持ってまいります。

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